transsages

BLOG

メルマガ登録はこちら

ブログの更新情報をメールでお知らせします


 

HASH CLICK

採用適性検査のはなし

今朝のNHK『あさイチ』で、採用時に利用されている採用試験で代理受験などの不正が課題となっているという話が放映されていました。

適正試験結果を配属に用いる企業もあり、他人による代理受験やカンニングなどは自分の適正を正確に反映しないので、長い目で見るとその人の職業人生を狂わせてしまう可能性があり、絶対に不正はしない様に、と言うことが主張だった様です。

かく言う自分も2000年台の初め頃に人事で採用責任者を務めたことがあり、いろいろと考えを巡らせました。ちなみに、その頃は新卒と中途採用を合わせて年間500人くらいを採用し、そのために採用数の3倍から5倍くらいの方々と面接の場でお話しした記憶があります。当時を思い返すと、確かに特に新卒採用時の採用担当者はただでもバタバタと忙しく、一時期に集中する応募者の書類の束を適切に捌いてゆくためには、適性試験などの全応募者を共通尺度で評価をできるツールに頼りたくなる気持ちもよくわかります。『あさイチ』でも適性試験は足切りで利用することが多いと言うコメントがありましたが、おそらくそうした利用が最も多いのではないかと思います。

ただ、そもそもテレビで話題に取り上げられる時点で、多くの人事担当者は不正受験という課題は認知しているはずで、そういった課題のある適性試験を最重要視することはないのではと思います。

 

自分たちも適性試験を受けて貰っていましたが、当時一番重要視していたのはエントリーシートと面接でした。エントリーシートは応募者の志望度合いの強さやコンピテンシーを確認するためのツールとして今も用いられていますが、私たちはかなり初期に取り入れた企業の一つではなかったかと思います。

結果として、本当にたくさんのエントリーシートを読みました(実際には、私にレポートしてくれていたリーダーやアソシエイトは、山のように配達されて来るエントリーシートと毎日格闘し続け、私の5〜10倍位以上を読んでいました)。ただ、それらを読むことが、いつしか苦痛になっていた事も事実です。「エントリーシートは大変過ぎるから他の試験に変えませんか」という声もあった事も確かです。実際自分でも部活キャプテンや副キャプテンとしての経験談やアルバイト現場でのリーダーとしての学びといった、読めども読めども、金太郎飴のように繰り返されるトピックスに辟易とした事もありました。でも、学生時代に経験できることは限界もあり、どうしても同じ様な内容になってしまうのも、学生たちには責任はないのだろうな、と半ば諦めながら読み続けていた気がします。でも続けていると、いつしか『これは凄い』『面白い』というものに出会うことが出来ました。具体的な内容は記憶の彼方でいまはお伝えすることは出来ませんが、私たちがエントリーシートに期待したことの1つは、どれだけ将来を切り開く力、前に進むポテンシャルを持っているのか、という事でした。

この目的のためには、適性試験だけでは不十分でエントリーシートがより有効だ、という事は、毎日山積みになったシートと格闘をし続けてくれていたリーダーやアソシエイトも同じ意見に至り、中止論はいつしか消滅しました。

想像を超える実行力や発想力を感じさせるエントリーシートからは、奇想天外で底抜けな面白さを感じさせると同時に、彼/彼女らの生身の生命力や気迫が伝わってきた様に記憶しています。

 

あまり長い期間を経ずにその企業を後にした私としては、その後の彼/彼女らの活躍振りは知る由もありません。でも、どこに居ても、彼らなら明るい未来を切り拓き、前向きに歩いているのだろうという事は疑いません。

 

デジタルが隆盛するいま、その流れにシンクロする様に『白か黒か』『プラスかマイナスか』『基準に当てはまるか当てはまらないか』といった二項対立的な判断が、より主流になっている様に感じます。またtwitter文化が反映してか、長い説明的な文章より、簡潔で誰にでも分かりやすいキャプションが求められる傾向があることも事実です。

その意味では、採用試験でも、エントリーシートや面接といったアナログなツールよりも適性試験の様なデジタルな尺度が有用視される傾向があるのかも知れません。

 

でも、人の感情や心理あるいは人のとる行動は、いつも二項対立的にデジタルに定義することは出来ません。そこには白も黒もあれば、それ以外のグレー、それもトーンの異なるさまざまなグレーが必ず存在します。

 

マーケティングではどの時代も顧客の心を捉えることが最も重要だ、と言われてきました。「価値観の多様化」という言葉自体は古臭く苔蒸して聞こえますが、YouTubeやソーシャルメディアから自分が欲しい情報だけをピックアップするのが当たり前ないまほど、「価値観の多様化」がマーケティングにダイレクトに影響を及ぼしている時代はありません。

デジタル時代のマーケティングというと「どういったデジタルチャネルがより顧客に好まれるか、メッセージ伝達に有効か」というトピックスに関心が寄せられがちです。

でもむしろ私は、デジタル時代だからこそ「どう人の心を読むか」「どう文脈を読むか」の方が大切なのではないか、と考えています。

なぜならば、デジタルでは人の心や文脈を読むことができず、それをできるのは人だけだからです。

もっと、みなさんと色々語りあってみたいのですが、その前にもし良ければダニエル・ピンクのハイコンセプトを一度お読みになってみてください。

メルマガ登録はこちら

ブログの更新情報をメールでお知らせします