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失敗の科学

2017.10.25

こんにちは。

トランサージュの瀧口です。

随分、時間が経ってしまいました。

もうブログを書くのは止めておこう、とある日思ったものの、「何か」を呟いていれば「誰か」には共感してもらえるよな、と思い直して、頑張らずに書き連ねてみようと思っています。

今日の日本経済新聞朝刊に、不正の芽摘む「失敗の科学」というオピニオンが掲載されています。「航空機の操縦にはエラーがひとつ生じてお何重もの挽回のチャンスが用意されている。『失敗をさせない』ではなくて、『失敗を事故に結び付けない』との発想が前提にある」そうです。

日本の組織ではかなり言葉にされることだと思うのが「失敗なんて許されないんだ」という台詞です。

皆さんもかなり耳にした経験をお持ちではないでしょうか。

僕自身、会社勤めの間にその台詞を多くの上司から聞きましたし、果ては「これでメシを食ってるんだ。君や君の家族だけじゃなくて、俺を含めて、会社のみんなの生活がかかってるんだからな。しっかりやってくれよ」なんていう浪花節的台詞も必ずオマケの様に付いていました。

ポジティブに捉えれば「そうか、俺はそんなに期待されているんだ」と考えられますが、「何で社長でもない一会社員に過ぎない俺がみんなの生活を背負う必要があるの」と思い始めるとあまりにもナンセンスな話になります。

でもこうした浪花節的、非論理的な話も合理的に整理するのではなく、無理やり飲み込んで受けて立つことがむしろ日本的美学であり、さらには「成功者」と評価をもらうためにはひたすら「失敗をしない」ことが必須条件になっている様に思えます。

日本の社会は失敗に対して寛容ではないとよく言われますが、前述のオピニオンに記載されている「日本の組織は合理的に失敗に向かう傾向がある」との指摘は、この事と異口同音の様に感じています。

東芝は原子力から撤退したら政府から叱られ従業員も不安になり、神戸製鋼は納期やコストを守らないと取引先から契約を打ち切られる。経営陣や管理職は下に向かって「何とかしろ」と命令を下し何もできないとわかっている部下たちが袋小路に嵌って不正を始める。つまり、何も言わないことが組織にとっても合理性になる。

日本の経営者や政治家に魅力を感じないことが多いのは、失敗を恐れず信念を持って目標に向かって前進するロールモデルとしての姿を描けない、つまりどこかに躓きが生じたら先の袋小路に嵌められてしまうのでは、という不安を想起させる言動や行動がどこかに感じられるためではないでしょうか。

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